母と娘の関係~今でも許せない母の言葉。私が母にならない理由。

反抗期を振り返っています。

子育て経験の無い50歳です。

私が子供の頃と今ではお子様を取り巻く 環境も友達関係も違い、反抗する理由も全く違うところもあれば、同じところもあるかと思います。

私の経験が反抗期のお子様を持つ親御様に 少しでもお役に立てましたら幸いです。

ペンネーム:マーガレット

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私のプロフィール

私に5歳上の兄、2歳上の姉がいる3人兄姉です。

生まれ付きの疾患があり、 周囲から「擁護」されるような子であり、元々はおっとりした性格の子 でした。

反抗期は13歳の頃から始まりました。

 父は職人気質のような人で、仕事を黙々としている人でした。

子育てや子供の進路、日常はどんな事をしているのかは殆ど関心が無く 病気の時は車で連れて行ってくれましたが、私の高校の場所さえ勘違い していた位の人です。

叱られた記憶は、物を片付けない事くらいで、それ以外はありませんでした。

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私の反抗は母に向けて

私が反抗をしていたのは「母」です。

自分の固定観念を押し付け、理不尽な 事を言うので「お母さん、それ違うよ」少しでも口答えするものならば 水道管によく使う灰色の細いパイプで、背中を叩かれました。

 

大抵、昼間や夕方で父が仕事でいない時です。

父がいる時には叩かれた 事はありません。

 

父は朝早く出かけるので、登校前でも叩かれて泣いた 顔のまま、学校に行った事もあります。

私が反抗していたのは「自分がつっぱりたい」とか「日常がつまらない」 憂さ晴らしではなく・・・

親という強い立場で「自分では生活していく事の出来ない子供」を 自分の都合のいいようにさせる。

 

●反抗するものならば暴言、暴力で押さえつける。

 

●また、自分がイライラと している時も八つ当たりの対象に「使う」 このような「理不尽に対して反抗」していました。

 

理不尽な事とは・・?

【理不尽に対して反抗】と書かせていただきましたが、何に理不尽を感じていたかをいくつか挙げます。

例えば日曜日に、何人かのお友達と集まって遊ぶ約束をします。

でも母の都合により約束の時間を変えるか、とにかく家にいるよう要求されます。

母の都合とは、食品の買い物の荷物持ちや家事、他にもただ母にとって家にいてもらいだけのことも。

「お母さんの言う事を聞かなくてもいいんじゃない?」そう思われるかもしれません。

でも無視して出掛けると「お母さんは好きな事が出来な い」だの云々、機嫌が悪くなり、兄姉にまで嫌な思いを させてしまうのです。

 

だから私は友達との約束を断るのです。

このようなことが何回か続くと、友達から 「信用なくすよ」と言われてしまい辛かったです。

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今でも許せない母の言葉

一番許せなかったのは姉が扁桃腺を腫らしてしまい、病院に行く時に言った言葉です。

 

「お前は 金喰い虫だ」

 

姉だって好きで生まれ付き扁桃腺が大きいのではなく、母だって そういう身体に産んだのでは無いはずです。

 

それを「金喰い虫」だなんて、 中学生の子供に言うのは理不尽過ぎる。

アルバイトも出来ないし、自分で 収入を得る事は出来ないのに!

 

私も「誰が病院に連れて行ってやったんだ」 と言われた事があります。

「好きで病気持ちで生まれたんじゃないよ」と 言い返しました。

この時は母からごめんねと謝ってきました。

 

助け舟

時にはお弁当も作ってもらえなかったり、夕食も「半人前のクセに口答え するヤツは食べるな」本当に食べさせてもらえないこともありました。

でもそんな時は、姉がコッソリとおにぎりを握ってくれました。

 

母に見つかったら「いい子ぶりやがって」と髪の毛を引っ張られて振り まわされてしまうのに・・・

同じことでも、母には素直に言えない事でも兄姉なら話せたり、直せたりする事 もあります。

 

お子様がなかなか言葉を交わしてくれないなど、
そういう場合 は兄弟のいらっしゃるご家庭では、
お子様同士でお話するようにお願いして みるのもよろしいかと思います。

 

私自身、姉に話せたり、兄に話せたりしま した。

それと母が余りにも一方的にったり、年相応に出来ない事をやれと 言った時に兄姉が「仲介」に入ってくれるのですね。

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反抗期の終わり。そして今でも残る心の傷

反抗期は15歳の頃、自然に終わっていました。

受験前や学校でも卒業を控 えた様々な思い出作り行事があり、そちらに意識が向いた事。

そして私は 哲学的な性格があり、あるひとつの物事を解明する事に夢中でした。

 

しかし、反抗期は終わっても母の理不尽な性格は変わらないし、叩かれなくても 心の傷は大人になっても影響します。

 

それが私が「母親になる事を選ばなかった理由」です。

 

よく親から虐待された 人は自分も同じ事をしてしまうのではないか・・・

という不安から親になる道を選ばないと聞きますが、私も半分はそうであり、もうひとつは親子関係がわからなくなっていたからです。

「こんな気持ちの母親から生まれたら、子供が可愛そう」この様な思いもあって親になる事を選びませんでした。

 

「もし叩かれたところが痕に残ったら、母はどう責任を取るのだろう」

「骨折しなかったからよかったものの、世間では優しいいいお母さんと思われて、でも病気の子供に金喰い虫と言う非情な母親」

今でも母に対してこの様な思いが残っています。

 

そんな気持ちを引きずっているため、母が入院してお見舞いに行った時

「親らしい事をしてあげられなくてごめん ね」そう言われましたが、パイプで叩かれた事が脳裏によぎって何も言えませんでした。

 

いま思う事

私が反抗期の頃は母が40代半ばでした。

更年期にそろそろ入る頃なので ヒステリー、イライラ感など体の変化も少しは影響したのかなと思います。

それと母の両親は他界していますし、北海道から甲信越まで嫁ぎにきたので 故郷の友達とも連絡したり、会う事も出来ずに孤独感があったと思います。

 

日々が精一杯だったのでしょう。

 

でも言っていい事と悪い事、暴力は許されません。

反抗期のお子様をお持ちの親御さんは、お友達とお話して気分転換しながら 自分1人では無いんだと緊張を緩めてください。

 

そして暴力だけは絶対に止めてください。

 

大人になっても心に歪みを残します。

 

「金喰い虫」と言う言葉、病院に連れて行ってやった、など病気の事で 責めたり、罵ったりしないでください。

反抗期は自然に治まります。

焦らないで見守ってあげてくださいね。

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