【反抗期】高校生女子が拒食症になるまで〜母と娘の行き違い〜

私は現在1歳半の子供を育てながら妊娠8ヶ月の20代女性です。

娘にも自我が芽生え始め、毎日育児と家事の両立に奮闘しています。

私自身は、3姉妹の真ん中で姉とは4つ、妹とは2つ歳が離れています。

これから話すのは私の姉の反抗期の話です。

姉は3姉妹の長女ということもあり、私達に比べ自由は少なくいろいろ制限されていたところもあると思います。

 

自分がまだ小さかったながらにも感じた母と姉のすれ違いや、自分が今母親となったことで理解出来る親としての責任などが、同じ悩みを抱えているお母さん方への励みになればと思います。

ペンネーム:Yさん

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反抗期の前触れ

始まりは姉が小学5年生の夏休み前でした。

姉はすごく活発で優しく、勉強より友達と外で遊ぶことを好む性格で、家では私がわからない宿題を手伝ってくれる優しい姉でした。

しかし、こんな姉が反抗期を迎え、母との関係がどんどん崩れていったのです。

きっかけは、母の勧めで塾に通い始めたことです。

母は姉の将来のためを思い、中学校のうちから私立に通わせエスカレーター式で大学まで行かせてあげたかったそうです。

そのために1人部屋を用意して、家にいる間は基本的に勉強させていました。

部屋にたくさんあったマンガや雑誌なども押入れの奥にしまわれ、本棚や机の上は受験する学校の過去問や参考書などで埋まっていました。

 

最初は、姉も新しいことを始めた感覚で乗り気でしたが、勉強する環境が合わずイライラしていき、だんだん母と揉めるようになっていきます。

 

基本的に父は育児に関してすべて母に任せるスタイルだったため完全に母と姉の戦いでした。

 

勉強はなんとか受験シーズンまで続けていましたが、姉はいつもイライラしていることが多く自由にしている私たちを恨めしそうに見るようになりました。

自分だけ縛られている現状からだと思います。

そんな状態は勉強に集中することなどできるはずもなく、受験は失敗に終わり、ただ母と姉はギスギスした関係になっただけでした。

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最悪の始まり

そんな状態で迎えた小学校の卒業シーズン。

姉は友達と卒業旅行のためディズニーランドに行く約束をしていましたが、母は子どもだけではダメだと前日まで反対していました。

 

お互い話し合いなどできる関係ではなくなっていたため、最終的には母は『勝手にしなさいっ』と呆れ、姉は泣きながら、そして怒りながら自室に入って行きました。

 

次の日の朝、母が部屋に行くと窓が開いていて姉はいませんでした。

 

母はすぐに友達と行ったのだろうと悟ったと言っていました。

その時の母は泣く余裕などないほど「無」でした。

その日の夜、姉は何事もなかったように家に帰ってきましたが、そこから今までの姉と母の関係は完全に消えてなくなり、赤の他人のようなお互いを遠ざけているようにも感じました。

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反抗期と病

修復するきっかけがないまま、姉は高校生になりました。

前よりも当たり障りのない会話は交わすものも、姉が母に自分の話などをすることはありません。

また母も姉を強制させることをやめていました。

 

そこでまた事件は起こり始めます。

 

姉は学校に行く時間がないからと朝食を抜くようになり、夜はすぐ自室にこもってしまい家族でテーブルを囲むことが極端に減りました・・・

そんな生活が半年ほど続き、姉は目に見えるほど痩せていき、最終的には拒食症になっていました。

4つも歳が離れているのに私が着なくなった服をお下がりとしてきても大きいくらいに姉の体は小さくなっていたのです。

 

毎日のように食事をしない姉を母は大声で怒鳴ることもありましたが、姉もすかさず『クソババア!』『うるさいっ』など言い返し、聞き入れることはありませんでした。

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大爆発

母がついにしびれを切らし、姉との最後の大げんかが始まりました。

姉の部屋に行き、『いい加減にしなさい』と言い頬に一発平手打ちをしました。

当然姉もやり返し母を押し倒して大乱闘。

 

『誰のせいでこうなったと思ってるの?!』

『今更どうしようもない!!』

 

姉は怒っているように見えましたが、よく見ると号泣していました・・・

 

ご飯をろくに食べていない姉の体は思っている以上に軽く母が押さえつけるはあまりにも容易ででした。

形勢逆転した母もまた、泣きながら姉に言い返します。

『今まであなたに受験のことから食べないあなたを助けてあげられなくて、悪いことしたと思ってる!

けど私を押し返す力もないあなたを見て、何もしないでいるなんて母親としてやっぱりできない!!

 

自分の中での思いを全て打ち明けた母も、二人で泣いています。

今思い返すだけでもいろんなものがひっくり返った大乱闘だと思ったけど、これが母と姉の本気だったんだと思います。

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変わり行く関係

母は「娘に苦労して欲しくない」、「できる限り守ってあげたい」という気持ちからの行動だったということです。

大乱闘を経て母の気持ちを知り、さらに親の涙を見て、姉は気持ちを改め少しずつですが着々といい方向に変わって行きました。

母と病院に行き、自分の現状を理解し、少しずつですが家族でテーブルを囲むことが増えました。

母との関係も戻っていき、現在まだ完全に元通りではありませんが海外で働く姉と楽しそうな話や写真を話題に母と電話しています。

母も自分の力で生活を築いている姉を見て、安心していると言っています。

まとめ

当時私は、どちらかというと姉の味方でした。

受験など嫌がっていた姉を強制させる母の気持ちが、幼かった私には理解することができなかったのです。

しかし、私自身も母になり、あの時の母の気持ちが少しずつわかってきました。

 

母は『子供が憎くて嫌がることしているわけではなく、愛しているから厳しくしてしまうのだ』と、よく口にしています。

これからたくさんのことを経験する娘や生まれてくる子供に悩む時期が私にも来ると思いますが、いつかわかってくれると信じ忍耐強く頑張りたいと思います。

【反抗期・高校生の娘】涙のエピソード特集

最後まで有難うございました。

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